新・駅長日誌

内容は下らないですが、
とにかく毎日更新します。

三河線廃止区間(海側)を探る ⑩

2019/01/20(Sun)

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原作者社長(木村)が知らない
所で、駅ノート木村鉄道の猫たち
増殖してるワケですが、今回播磨下里
お絵描き教室の女性参加者、ささみ
さんが描いて下さったのが左の作品。

大海駅長F17さんのキャラと一緒に
3匹が登場しておりました。
女性らしいタッチで可愛いですね。

私の分の駅ノートは今年に入って5駅描きまして、今月中あと3駅行く
予定なので、いい感じのスタートになってると思いますクラ駅長です。

さて三河線の海側の廃線区間です。長々と引っ張りましたが、今回で
最終回
となります。…矢作古川を越えて終点の吉良吉田駅までね。

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相変わらず廃線跡築堤の上ソーラーパネルが載ってますが、 交差
する道路の上を跨ぐ部分の線路などは撤去されておりました。

…そしてコノ辺は線路が東西方向に走ってたので、築堤南側の斜面にも
右のようにずらーーっと…。まぁコノ方が効率がイイのは事実ですね。

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廃線跡上ソーラーパネルは、築堤から平地に降りて街中に入っても
続いており吉良吉田駅まであと数百メートルという所で、ようやく線路
が残ってる区間
が出てきました。

土地の所有者ソーラーパネルから上がる電気代?は、やはり名鉄
モノになるんでしょうか?一度松井さんにでも訊いてみましょう。

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そんな感じで吉良吉田駅。現在は西尾線蒲郡線接続駅ですよね。

西尾線のホームはカナリの急カーブ上にあり、私は以前に乗り潰し
来て以来なのですが、当時から「変な形してるなー」と思ってました。

身近なモノに例えると近鉄橿原神宮前駅ですわ、アレで橿原線
だけ廃止されたような状態と同じでしょうね。

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一方で蒲郡線のホームは真っ直ぐな形状です。今ある蒲郡方面とは
反対方向に向けて三河線発着(又は直通運転)してた事になるので、
現在の乗り場向かい使われてないな古いホームがありました。

名鉄ってのも、最盛期北九州の炭坑路線並みにカナリ複雑&綿密な
路線網があったワケですが、やはり時代にそぐわない所廃止される
運命だったんでしょうね。

他の地区でも探せばもっと廃線跡が出てくる筈ですので、またネタに
詰まったら
訪れる事にしましょう。

では続いて、吉良吉田から至近距離ではありますが日を改めて訪れた
「愛知こどもの国」の蒸気機関車の報告へと移ります。



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No.4347 鉄道廃線跡を探る

三河線廃止区間(海側)を探る ⑨

2019/01/19(Sat)

片上鉄道の保存車(菊ヶ峠のキハ311)を見終えて、元の路線沿いに
和気駅の近くまで帰ってきたら、コノような車両店舗がありました。

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ヨ6000型と思しき車掌車2両を青く塗って、その名も「北斗星」

見た感じ、整体やエステのお店のようですね。
飲食店なら洒落で入ってみるのも一興なのですが、飛び込みで整体
ってのも私には敷居が高くて断念してしまいましたクラ駅長です。

…例えば先生が鉄ヲタで「んー、ココは武蔵小杉の朝ラッシュみたいに
凝ってるね
」とかそんな診断だと面白かったりするのですが、違う?
(※あくまで例えなので、武蔵小杉に関する蘊蓄は要りません。)

さて三河線の海側の廃線区間ですが、線路跡は徐々に東の方向
進路を変えていきます。

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…そのまま行くと三河湾突っ込んでしまうからなのですが、曲がり
かけた所にあるのが松木島という駅の跡途中駅としてはココが最後
になりますね。

駅前の道路から駅舎に向かうスロープホーム残ってました
ココを過ぎると徐々に上り勾配になり…

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付近のお家を見下ろすぐらいの高さになった所で川に出ました
地図で見ると矢作古川という名前が付いてます。

…さっき碧南市から西尾市にら入る所で越えてきたのが矢作川だから、
恐らくはこっちが元のルートで…調べると向こうが治水事業として江戸
時代
進路を変えた結果なんだそうです。

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こちらも結構な幅の川です。まだバラストが残る廃線跡は、ココから
垂直に川を越えてたようで、堤防の下にはソノ名残りなのか、縁が
凹んでる部分がありました。

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折角なので上流にある道路橋を迂回して、反対側に来てみました。
…今は双方とも西尾市ですが、2011年までは矢作古川を境に一色町
吉良町に分かれてた所で、こっち側吉良町になります。

こちら側は人家の少ない田んぼの中築堤が続いて、下り勾配で地上
へ降ります。で ソノ上に載ってるのが、大量のソーラーパネルです。

宮崎へ行った時は、かつてのリニア実験線高架跡の上にコレ
が並んでてビックリしたもんですが、今では珍しくなくなりました

こちらも海に近い温暖な土地でしょうから、太陽光発電には向いてる
かも知れませんね。

→次回に続く



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No.4346 鉄道廃線跡を探る

三河線廃止区間(海側)を探る ⑧

2019/01/18(Fri)

帰ってきましたクラ駅長です。

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昨日は早朝から宍喰駅まで戻り(宿泊地が日和佐だから逆方向)、同駅
駅ノートを描いて、更に小松島市まで戻りました。

昭和60年まで存在した国鉄小松島線の終点、小松島駅跡地公園
として整備され、蒸気機関車などが保存されてると聞いたからなんです
が、思いがけず数匹の猫に遭遇臨時猫ヨシヨシになってしまいました。

(厳密には同駅構内にあった小松島港駅終点でしょうが説明不要!

コレは嬉しい誤算です。記事数も増えたし、ちょっと癒されましたよ。
詳細はまた後日、順を追って書いていく事にしますね。

さて三河線の海側の廃線区間ですが、更に進むと完全に更地になった
廃線跡が出てきました。

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場所によって売れる・売れない」が分かれる所でしょうが、コノ辺は
既存の住宅地に追加した感じで買い手が付いたんでしょうね。

元からある路地ガードレール行き止まりになってる所に「線路が
あった」面影が伺えます。年月を経ると「何でこんな不自然な所に?
という雰囲気になってしまうのかも知れません。

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その先が西一色という駅の跡になります。電話ボックスが目印です。

…最近は電話ボックスという物自体が減って、それこそ駅前ぐらいにしか
ナイ物になりましたが、元々が駅のあった場所なので残ってるのでしょう。
「旧西一色駅前」という表記が見られました。

ホーム跡があったので上ってみたら、お隣の家ミカンの樹エラい事
なってました。…営業してる駅だったら盗まれ放題じゃない?

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続いてが三河一色駅。…カナリ広い土地が残っており、やはり駅前
名鉄系の駐車場になってました。

他にも駅前が駐車場になった所がありましたが、概ねが月ぎめですね。
考えたら利用客が減って廃止になった路線ですから、コインパーキング
を構えるほど「他所からの人(車)来ない」という事なのかな。

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構内カナリ広く、元々は交換設備貨物ホームもあったようです。
…ココにもキロポストが残ってますが、撤去するか否かの基準って
ドコにあるんでしょう?

この付近から廃線跡南→東の感じで進路を変え終点吉良吉田
方向へと向かいます。

今回は下調べが上手く行ったので、殆ど迷う事もなくスムーズ
進んでおりますよ。今後廃線跡巡り手本になりそうです(遅い)

→次回に続く



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No.4345 鉄道廃線跡を探る