新・駅長日誌

内容は下らないですが、
とにかく毎日更新します。

紀伊中ノ島駅を探る ②

2018/07/15(Sun)

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ココからの前説は、関西本線おまけネタ
が暫く続きます。

笠置駅伊賀上野方向へ発車するとすぐ、
木津川の対岸割と大きな廃墟のビル
見えるんですが、コレが関西では有名
心霊スポット「笠置観光ホテル跡地」
なんですよ。

…関西のお笑い芸人さんが数名、ライブで
使う肝試しの映像を撮りに行ったら、割とガチ
な女の幽霊
が映ったというアレですね。

私が大好きな「新耳袋殴り込み」の一行も、ココで同様の不可思議な
映像を撮ったりしています。

しかしテレビ(に準ずる映像作品)肝試しってのは、何でワザワザ
夜中に行くんですかね?…夏場の好天の日中だと、コノように爽やか
であり(そうか?)、足元の危険なども無くてイイと思うんですが。

と言うか、肝試しの雰囲気として一番怖いのは「雨が降ってる夕方」
だと思ってますクラ駅長です。

さて紀伊中ノ島駅ですが、いよいよ地上にある旧和歌山線のホームを
見てみましょう。

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廃止昭和47年だとすれば、45年ほど前の事になりますか。
勿論レールは存在しませんが、気動車規格だと思われる低いホーム
背後の柵とともに残ってますね

築堤の上を走るのが阪和線ですが、今となっては無用切れ込み
があり、ガーター橋が架けられています。

ガーター橋の橋台にあたるコンクリート部分に、当時の注意標識の
ような文字が残ってました。縦書きで「入信□/□注意」?
読めるor予想がつく方がありましたら教えて下さい。

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ホームは途中で途切れており、撤去した部分は自転車置き場
なってるようです。…と言うか、後述しますが駅舎の前にも自転車
が溢れており
仕方なくココにも置き場を増設したような事情に
見えるんですが。

でココは土地の登記としては何なのか? …地図で見ると、西側には
JRの社宅らしき集合住宅があるから、今でもJRの土地なのか?

そして上段左の画像奥手の方には商店の倉庫らしき建物がある
ので、ソノ辺は早々に売却されたという事ですかね?

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駅舎戦前開業時から残るモノ。…窓のデザインがお洒落です。
無人化されたのが意外と古く国鉄末期昭和60年代の事だそうな。

…以前はココに駅ノートも設置されてたそうですが、観光地でもナイ
から乗り鉄さんの需要少なく、単に下品な落書きで埋まってるだけ
「荒れてる」状況だったそうです。…確かに向かない環境かなと。

ホームを壊して駐輪場を増設したもんだから、ソコへ自転車を置く
には、駅舎の中を通り抜ける事にになります。…割と通るよ。

…だから自動改札機も、あんな狭苦しい所にあるんだなと納得

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そして駅舎の一角に、コノような看板
のある部屋が存在しました。

「ジェイアール西日本メンテック」
というのは、車両の清掃駅業務の
サポートをする子会社なのですが、
ソレはいいとして「和歌山道場」?

格闘技のクラブ活動でもあるのか、
同社では支店の事をこう呼ぶのか?

…また謎が増えてしまいました。コレもご存知の方があれば教えてね

以下おまけ同駅は確か撮り鉄スポットでもありましたよね?

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駅の前後が双方とも割と急なカーブになってて、左が大阪方向右が
和歌山方向です。…特に何かを撮りに来たワケでもナイ(そういう根気
の要る撮り鉄苦手)ので、よく通る快速電車ですが。

という事で、何とかブログが維持出来るネタ本数になりました。

続いてはノートですが、意外と「早めの再訪問」な感じの南海加太線
3駅連続で描いて参りました。…とにかく暑かったけどね。



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No.4158 鉄道廃線跡を探る

紀伊中ノ島駅を探る ①

2018/07/14(Sat)

帰ってきましたクラ駅長です。

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2日目は元々の予定を繰り下げて大久野島というへ行きました。
呉線壊滅的なので、色々と考えて港まで路線バスになりましたが。

ココは戦時中日本軍毒ガス兵器の研究をやってたとかで、地図から
も消されてた島なのですが、現在はリゾート地となっています。

そしてココでヨシヨシ出来るのはではなくウサギ。…今回は特例として
「うさヨシヨシ」
を体験しようという趣旨なのです。詳細は後日ね。

さて新たな報告ですが、コレも大雨の被害を受けて色々と予定を組み
直し
和歌山の駅ノート3駅廃線跡1つ見てきたんです。
…先にソノ廃線跡から行きますが、2回で収まる小規模なモノです。

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阪和線大阪方面から和歌山へ行くと
和歌山に着く1つ前の駅紀伊中ノ島駅
なのですが、ココなんですよ

…そもそもの発端は大海駅長のHP
見てて、ココにも駅ノートがあるという報告
になってたから気に留めたワケなんですが、
駅ノートそのものは短期間で無くなって
しまった
ようで、以後の情報皆無なのが
現状です。

で、同駅の事を色々と調べるに、面白い形
興味深い過去がある事が分かりました。

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現在は阪和線の駅の1つという事で、築堤の上に上下線の対向式
ホームが1組ある線形です。大阪側から行くと末端区間になるので、
紀州路快速殆どの列車が停まる駅ですね。

屋根を支える鉄骨廃レールなのですが、に当たる部分がウネウネ
と曲がっており、他では見た事ナイ独特の雰囲気になってますな。
…この無駄に優雅なデザインは誰が考えたんでしょうね?

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ホームに対して斜めに配置された階段を降りると、降り切ったすぐ
の所に自動改札機がありました。…駅舎はまだ先のようですが、何で
こんな狭い所に作ったんでしょう?

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振り返ると、上下線の各ホームへ向かう階段が、コレまたギリギリ
感じで角度を付けて隣接しています。…エレベーターエスカレーター
ナイようでした。基本的に設置そのものが難しそうな構造です。

で改札を出ると右の方向が駅舎なのですが、左にも何やら駅のホーム
のような構造物
が見えますね。…コレが今回の目的物なのです。

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タネ明かしをすると、昔はココにも線路があったんです。

阪和線は元々阪和鉄道という私鉄だったのですが、国鉄和歌山線
と交差するココに駅があったら便利だろうという事で、双方の会社が
歩み寄り、元は相互間の乗り換えのために、このような駅構造
なったんだそうですよ。

だから駅舎は国鉄、現在の阪和線ホームは阪和鉄道が作ったという、
複雑な歴史の結果、コノような変わった駅になったという事ですね。

昔は現在の和歌山駅「東和歌山」という名前であり、和歌山線
列車はココへは向かわず、東西方向に直進して和歌山市を発着する
方が多かったんだそうな。

ソレが次第に、大阪からのアクセスが良東和歌山の方が重要
なってきて、和歌山線もそっち側から発着するようになると、こっちは
貨物線に格下げされてしまい、昭和47年頃に廃止されたんだそうな。

…同年は私が生まれた年なので、リアルタイムでは知らないのですが、
そう言えば古い地図だと、東西方向に細い線が描かれてたような気が
しますわ。

そんな感じで、旧和歌山線という事になるのか?…の紀伊中ノ島駅
跡地を、続けて見て行く事にしましょう。

→次回に続く



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No.4157 鉄道廃線跡を探る

愛宕山鉄道を探る ⑦

2018/06/24(Sun)

空車走行中のタクシーに対して、手を挙げられるのは構わない
ですが、手招きされると何となくムカつきますクラ駅長です。

違いよく分かりません。やはり年配者に多い気がするのですが。

さて愛宕山鉄道を探る旅です。
鉄道線終点だった清滝から少し登り、ケーブルカー始発…というか
山下駅
に当たる清滝川跡地へとやってきました。

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廃止から70年以上という事で、駅そのもの既にありませんが、
何となく「ケーブルカーの駅だった」事が伺える地形なんですよ。

コンクリート製のユルい階段は、ホームの跡地だと思われます。
他にもよく見たら、建物の基礎跡らしき部分が残っておりました。

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更に先へ進むと、ケーブルカーの軌道に入って行くワケなんですが、
切り通しなどのが見れるものの線路土砂で埋まっておりました。

で、侵入禁止の看板に当たります。…70年前の廃線跡だとは言っても
当然に土地の所有者は存在するんでしょう。

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色々と他のサイトを見るに、途中までは
物理的には行けるようです。

幾つかのトンネルがあったり、ケーブルカー
でも無理な地形の部分は高架橋で無理の
ない斜面に変えて進んで行くような感じです。

また山頂にはコンクリート製の駅舎が殆ど
草木に埋もれるような恰好で残ってるらしい
ですが、ソコまで行くと廃墟マニアの世界
でしょうね。
…私は柵から望遠レンズで見れる範囲のみ
にしておきます。

20180624f.JPGそんな感じで愛宕山鉄道を探る旅
ココまでとなり、以下はおまけなの
ですが、先程の清滝トンネルには、
恐らく開通以前からある旧道改修
したような峠道も残っています。

帰りはそっちの方を通って、元来た
嵐山方面へと帰る事にします。

…こっちにも違う意味での見モノ
ありますもんで。

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嵐山方向へ向かって左側旧道へ登る坂道があり、勾配が急すぎる
という事か、途中がループ線になっています。

道路にもループ線があるのは知ってましたが、大抵はもっと大規模
な施設であり、小規模な方が逆に少ない気がするんですよ。

ちなみにココは途中まで市街地方向への一方通行です。

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そして峠の山頂にあるのがコレ。…よくあるカーブミラーではあるの
ですが「何故こんな所に?」という位置についてますね。

要するに峠の反対側から登ってくる対向車を確認するためのモノで
あり、京都市北部の山間部では意外と当たり前な設備です。

…しかしコレまた心霊スポットコジつけてしまう人が居るもんで、
曰く「ココに婆さんの幽霊が映る、ソレを見たら帰りに事故に遭う。」
のだそうですよ。だから根拠は何なのさ?

ともあれ何度か行った事のあった京都の清滝ですが、廃線跡巡り
趣味にして初めての訪問であり、ソレなりにネタも拾えた1日でした。

全部終わったのがお昼前の11時ぐらい。コレなら楽に帰れるし、
雨にも遭わずに済みましたよ。



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No.4137 鉄道廃線跡を探る