新・駅長日誌

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達したため、更新を停止致しました。

三木鉄道を探る ①

2017/12/03(Sun)

幸福駅「おまけネタ」ですが、保存されているキハ22を使って「現役の
路線で乗り鉄してる風に見える写真」を撮ってみましたクラ駅長です。

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…朝から狩勝峠を回ってココに来たのが夕方近くになったもんで、カナリ
陽が傾いており、こんな感じになりました。北海道の車両特有の、サイズ
の小さい二重窓が好きです。

さて新たな報告です。日々北条鉄道へ行く事が多くなり、兵庫県の播磨
地方気になった廃線跡第二弾として、三木鉄道を探りに行きました。

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三木鉄道は元々、国鉄三木線として加古川線の厄神駅から東の三木駅
までの6.6kmを結んでいた路線で、全通は1917年1985年第三セクター
会社の三木鉄道となったものの、2008年に廃止された路線です。

北条鉄道1985年同時に第三セクター化され、地域も近いので兄弟
ような感じだったのですが、三木鉄道には対抗路線として神戸電鉄
が存在するもんで、神戸や大阪方面へのお客を奪われたのでしょうね。

廃線からまだ9年という事で、カナリ色々残ってると聞きました。
…そして私は詳しく知らないのですが、末期かつ木村鉄道の初期
イベントで訪れた事があるんじゃなかったかな?

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そんな感じで、JR加古川線厄神駅からスタートです。
…距離からしてレンタサイクルで回るのが良さそうでもあるのですが、
最寄りは加古川になりますので、ちょっとツラいものがありますね。

「厄神」という駅名は、近くにある宗佐厄神八幡神社から来たのだと
思われます。勿論「厄除けの神様」であって疫病神ではありません。

加古川方向から入る向きで、今は使われていない3番線があり、ココが
三木鉄道の発着ホームだったようです。

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粟生方向には加古川線の車両基地(網干総合車両所明石支所加古川
派出所…近カコ)があり、ソノ脇から廃線跡が続いておりました。
JRの車両基地ってのも、合理化だの統廃合だので長ったらしい名前
の所が増えましたね。

車両基地のすぐ脇に、踏切の跡が残っておりました。新しい廃線跡なら
定番の遺構でしょうか。

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廃線跡はココから東の方向へ緩く曲がって行きます。が、車で走れる
状態ではなさそうなので、少し迂回する事にしましょう。

三木鉄道と概ね並行して、県道20号線が走ってますので、基本的には
ココを通り、各種の見どころだけ寄り道する事にします。

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まず目に付いたのが、このような橋台の跡でした。田んぼの中を築堤
で走る途中に、道路が下をくぐる構造で造られたモノなんでしょう。
レンガ造りだからカナリ古いものだと思われます。

橋桁無くなっても制限高さを示す標識だけは残ってるんですね。

そんな感じで三木鉄道の廃線跡を探る旅がスタートしました。



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No.3934 鉄道廃線跡を探る