新・駅長日誌

このブログは画像容量が限界に
達したため、更新を停止致しました。

謎の秘境駅 ②

2012/11/21(Wed)

以前にも前説で書いた「職場の仕出し弁当」の件ですが…

必要な人は用紙に名前を記入して、箱に代金(350円)を入れておく
システムなのですが、昨日ついに…誰かに盗まれました!

色々あって、昼の帰りが遅くなった(14時過ぎ)んですよ。そしたら
最後の1個である筈の私のがナイ!…犯人は分かりません
まぁ悪気があって盗ったのではなく、「頼んでないのにウッカリ食べた」
という事なんでしょうが、実際に起こるとは…。

…お金は返して貰えましたが、ガッカリ感が半端ないクラ駅長です。

さて、「缶入りウイスキーでクラクラ」な状態で訪れた孔舎衛坂駅(跡地)
ですが…その歴史をウィキペディアの記述からパクってみますと…

20121121c.JPG20121121d.JPG
1914年(大正3年)
日下駅として開業。

1918年(大正7年)
鷲尾駅と改称。

1940年(昭和15年)
孔舎衛坂駅
と改称。

1964年(昭和39年)
新生駒トンネル開通の
路線変更により廃駅


地名からも分かるように、元々は「日下駅」という名称だったようですね。

昭和15年というのは、戦時中であり「紀元2600年」とされている年。
孔舎衛坂という地名も、神武天皇の神話に因んだモノのようです。
…国策的な意味があったんだろうな。

20121121a.JPG20121121b.JPG











対向式のホームが2本。大阪行きだったホームには神社があり、
(その神話に因んだモノか、トンネル事の慰霊碑的なモノか未調査。)
線路は取り払われ、コンクリートで舗装されています。
…白線がまだ残ってます。当時は「黄色の点字ブロック」とかナイから、
その辺で「古いモノだ」と分かりますね。奥の建物は変電設備かな。

20121121e.JPG20121121f.JPG











で、駅のすぐ奈良側が、旧生駒トンネルの大阪口になっています。

…かなりの難工事であり、建設に際しても落盤事故で犠牲者が出たり
戦後すぐにはブレーキが故障した電車が暴走して追突事故が起こったり
(ブレーキの故障はトンネル内だが事故地点は花園駅)してまして…

そうなると現代では「心霊スポット化してしまう」んですよね。
…そんなこんなで立入禁止が強化されてるのかも知れません。

ハナシは逸れますが、テレビ取材なども含めて心霊スポットへ行く人って
何でわざわざ夜に行くのか?…コレが分からん。私も昔は行ったけどさ。
ホントにソノ場所にが存在するなら、昼夜問わず出ると思うんだけど。

ちなみにコノ旧トンネルですが、定期的に近鉄が主催しての見学会
みたいな行事があるらしく、ソレに参加すれば合法的に見る事が出来ます。
皆さんも不法侵入はヤメましょう!

20121121g.JPG
という事で石切駅まで戻り、再度
位置関係を確認してみましょう

今の新生駒トンネルと比べると…
地形の関係で、現在の線路より、かなり
高い位置にあった事が分かります。

今より性能的に未発達な電車で、もっと
急な勾配を上り下りしてたんですな。
そりゃ大変。

所で、近鉄にはもう一箇所、路線の付け替えで廃止になった駅の跡地
残ってるそうな…。東青山駅!

いつかココにも訪れてみたいのですが…ココも事故が絡んでるんだよなあ。




※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.2096 鉄道保存施設を探る