新・駅長日誌

内容は下らないですが、
とにかく毎日更新します。

鳴門海峡夏景色 ②

2012/06/12(Tue)

…遅くなりました。下らない事で、元妻絡まれて困ってるクラ駅長です。
ココで色々と愚痴っても、皆さんは当然あの人の事を知らないワケで、
100%伝わらないからヤメときますが、もう発達障害とかのレベルに思えます。

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さて、新居浜の羊蹄丸ですが…

青函連絡船が廃止されたのは昭和63年
の3月
…私は中学~高校だったのかな?
世代的には充分にカブるのですが
関西に生まれ育った者としては、実際に
見たり乗ったりという機会に恵まれず、
「知識として知ってる」だけの状態です。



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幾星霜の風雪に耐えた船体…
多少の疲れが見えますが風格のある堂々とした躯体ですね。
最終的には国鉄はJRに移行して、煙突のマークも巨大なJRマークに
なってましたが、船の科学館(東京)で保存される時に「JNR」に
戻された
だとか…。そりゃイメージとしてはコレが正解でしょう。

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所で、社長が訪れたのは公開期間の
まだまだ前半の方…尚且つ平日の事
だと推測されます。
…見るからに「のどか」な風景ですが、
この日は違いました。

強烈な「長蛇の列」です。
(この状態で全体の半分ぐらい進んだ地点)
家族連れより年配の人が多いですね。
やっぱり「懐かしい」んでしょうか。

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乗船する時にタラップから見た風景…こんな感じです。
人が多いだけでなく、屋台のお店も沢山出てるし、小さなステージ
あって地元の人たちが演奏やダンスを披露してたり…
お祭りムードですね。何となく、鉄ヲタは少ない感じでした。

…並びながら食べた「あこやめし」阿古屋貝(真珠の養殖に使うアレ)
の貝柱を入れた炊き込み御飯ですね。

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知識でしか知らない青函連絡船
ですが、このマークも何処かで見た
記憶がありますよ。

所で羊蹄山「蝦夷富士」とも呼ばれる
美しい山ですが…

「羊蹄山」はワープロソフトでそのまま
変換されるのに「羊蹄」と「羊蹄丸」は
出ない
んですよねぇ。

…コレも時代の流れというか、機械も「もう知らない世代」なんでしょうか?

No.1934 駅長が見た風景