新・駅長日誌

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信貴山急行電鉄 山上線 ①

2018/01/12(Fri)

大谷駅から京津線に乗って、京阪三条まで帰ってきました。

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京阪絡みの仕事から転職して6年久し振りに乗る京阪本線ですが、
最近になって出来た
のが「特急のプレミアムカー」です。

私は近鉄沿線で生まれ育ったので、特急有料で指定席なのは当たり前
なのですが、京阪利用者にとっては画期的なのかも知れません。

しかし今回は短距離なので利用を見送り、まだ体験出来ておりません
クラ駅長です。…と言うか仕組みがよく分かってナイの。ホームで売って
ナイ
ならドコで買うんでしょうか?

さて、間が空きましたが信貴山です。
信貴山口からケーブルカー高安山に登ってきました。…ココから先が、
世界的にも珍しい類の廃線跡だと聞いたんですよ。

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昭和5年先述のケーブルカーなどと一緒に信貴山へのアクセスとして
ココにも鉄道が敷かれたんです。

普通の電車からケーブルカーに乗り換えるというルートは珍しくナイ
ですが、ケーブルカーで登った先に更に普通の電車が走ってるという
のは、スイスのドコだか信貴山だけに存在した形態だとか。

ココ高安山駅から朝護孫子寺に近い信貴山門駅まで、営業キロにして
2.1kmの区間を結んでいました。…確たる路線名なく通称「山上線」
とか「平坦線」と呼ばれてたようですね。

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…こんな物見遊山がメインの路線は当然、戦時中不要不急路線
して休止になり、戦後になってケーブルカーは復活したものの、平坦線
は復活する事なく、昭和32年になって正式に廃止が決まりました。

まずそのホームの跡が、ケーブルカーの高安山駅近く残っています
案内看板駅名票のレプリカがありました。

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高校生の頃に来た時には、こんな気の利いたモノ無かったのですが、
最近になって造られたんですかね?…しかしカット文字を貼り付ける
構造のようで、熱だか湿気だかで文字がウネっております

まぁコノ看板を見れば、説明すべき事の殆ど書いてありますわ。

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ソレにしてもコノ写真…。当時はこんな山の上には道路が未整備だった
んでしょうね。平坦線で使う車両は、ケーブルカーの線路伝って上げ
下ろししたようですよ(搬入は勿論、休止後転属移動も)。

…で一度失敗して、谷底に車両が転落するという事故もあったそうな。
まぁ無事に行ってる方がおかしい物件でもあります。

そんな廃線跡は、現在では信貴生駒スカイラインという有料道路の一部
となっており、信貴山門へは近鉄バスが走っております。

ではそのバスに乗りまして、短距離ですが廃線跡の旅に出発です。



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No.3974 鉄道廃線跡を探る