新・駅長日誌

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岐阜羽島駅

2012/11/10(Sat)

子供の頃に何かで読んだ昔話…。

昔々、ある所にとてもお金持ちな長者さんが居ました。
あまりに金持ちなので、ある日「貧乏が体験してみたい」とか言い出して
偉いお坊さんの所へ相談に行きました。

お坊さんは「これから先、食事をする毎に箸を捨てていけば貧乏に
なれる。」
と教え、長者さんはソノ通りに実行しました。
捨てた箸が庭に山積みになる頃、長者さんは貧乏になっていましたが、
耐性がなくすぐに死んでしまいました

…この話、ドコに「落ち」と「教訓」を探せばいいんでしょう
辛うじて「物を大切にしましょう」ぐらいのもんですかね?
100円均一で安い割箸を大量に売ってる昨今では、ちょっと説得力に
欠ける
し、庭…つまり屋敷が残ってんなら、売ってシノげよ!

道徳教育にも時代に合ったニーズが必要だと感じるクラ駅長です。

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さて、名鉄の竹鼻線~羽島線に乗って
到着したのは…新羽島駅です。

言うまでもなく、東海道新幹線の岐阜羽島駅と隣接してる駅ですね。
…あ、丁度「のぞみ」が通過してるわ。

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よく「政治駅」として引き合いに
出されがちな岐阜羽島ですが、
元々、東海道新幹線の建設ルート
としては現在のモノ以外に2パターン、
主に「鈴鹿越え」のルートも検討
されていたという経緯がありまして…
「単にいきなりココに駅を作った」
という単純なハナシではないワケです。



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駅前に銅像として建つのが、当時の与党副総裁
であった大野伴睦氏(とその奥さん)。
詳しい経緯は省略しますが、この駅…更には
現在のルートを建設するに当たって、大きな
影響力を持っていた人物
なんだそうな。

「我田引水」のパロディーで「我田引鉄」なんて
言葉がありますが、ソレだけの事じゃない筈す。
鈴鹿越えだと、殆どがトンネルになるから
建設費も工事の手間もケタが違ってくる。

…尚且つ、この駅は関ヶ原の豪雪地帯を控え、
ダイヤが乱れた時に列車を収容出来るように
という意図もあるワケです。

大野氏は、東海道新幹線の開通を見る事無く、開業の半年ほど前に
この世を去りました。…無念だっただろうな。

所でこの岐阜羽島、十何年か前にも来た事があるのですが…その時、
新幹線の駅なの「駅前ロータリーから10mの所にネギが植えてある」
という事実に驚愕した記憶がありまして…ソレが「まだあるのか?」
見に行こうという目的もありました。
…いやさ、筒石駅でもネギ畑はもうちょっと離れてるぞ

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…流石にネギ畑はもうありません
でしたが、空き地がチラホラ…。

どうなんだろうね?この辺の土地の相場
なんて全く知りませんが、商業地として
使うとなると費用対効果が低いとか?


大野先生、折角ですが岐阜羽島駅は
ちょっと微妙です。


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という事で、今回の乗り鉄はココでおしまい。
夕日に照らされたホームから下りの「ひかり」で帰途に着きます。
…この翌日は「ハロイィン号」だったので、ココから行けば手間も省けた
かも知れませんが…泊まりの用意が何もナイもんで。

あ、社長。
私がもし政治家になって、木村駅を作ったら…
一緒に銅像になってくれますか?



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No.2085 乗り鉄日誌>JR東海