新・駅長日誌

このブログは画像容量が限界に
達したため、更新を停止致しました。

愛国から幸福へ ④

2017/11/27(Mon)

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…列車で播磨下里へ行くとなれば、
当然に時刻表を開いて行路を調べる
ワケですが、北条鉄道元国鉄線
の第三セクター私鉄なので、JRの
各路線と同様に本編のページに掲載
されております。

が、「主要駅掲載」という条件つきで
播磨下里だけが載ってません!
まぁ紙面の都合なのでしょうが。

北条鉄道途中駅ってのは、ドレも似たり寄ったりな規模で、ドコが
主要でドコがそうでナイのか分からんのですが、だったら「1行ぐらい
何とかならなかったのか?」と思いますクラ駅長です。

さて広尾線ですが…愛国駅の跡地を見た後、再びレンタカーに乗りまして
続いては次の大正駅の跡地を見に行きます。

「大正駅」ってと関西では大阪環状線にも存在するので、ソノ語だけで
検索すると大阪の大正駅(の周辺のグルメ情報とか)が先に出てきます。

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愛国駅から約5kmでしたが、道路の案内標識も同じだし景色も似てる
ので画像の使い回しに見えますね。共に並行して走る国道236号線から
少し入った所にあります。

元は駅前通りだったであろう脇道を進むと車止めがあり、ソノ奥の広場
駅の跡地のようです。

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ホームと駅名票がありますが、コレはどうも後で「それっぽく」造られた
モノのようです。…駅名票も手書き感満載なんですが。
 恐らく町のイベントなんかをやる時に、舞台として使う施設だと推測。

「愛国」「幸福」2大有名駅に挟まれてるものの、町の中心はココ
だったのでしょう。交換設備を有する有人駅だったそうな。

「大正→幸福」の乗車券は「たいそう(大層)幸福」というイマイチ苦しい
語呂ですが便乗商法として売られてたらしいですね。

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大正駅の跡地「この程度」なので軽めに切り上げて、いよいよ今回の
旅の
最終地点である幸福駅跡地へと向かいます。
立樹の間に保存されてる気動車が見えますね。コレを目指してました。

…ココまで来るととかち帯広空港が近いんですよ。80km以上あった
広尾線ですが、空港アクセスと観光需要で、この辺まででも残せば
良かったのではナイかと思ったりもします。

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正式には「幸福交通公園」と言います。愛国駅よりも観光客が多いようで
大きな駐車場があり、各種のモニュメントや言わゆる「幸福の鐘」なども
あって、キレイに整備されておりました。

…では待望の幸福駅跡地です。今日の予定としてもココで最後なので、
ゆっくり見て行く事にしましょう。

→次回に続く



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No.3928 鉄道保存施設を探る

愛国から幸福へ ③

2017/11/26(Sun)

そして加古川駅ですが、加古川線というのはダイヤが薄いので乗り換え
待ちの間に何か朝食になるモノはナイか?と探したら…

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姫路駅名物「駅そば」の、まねきダイニングのお店が出来ておりました。
…本家のソレは駅ホーム立ち食いですが、ココはカウンターに座れる
店構えなので、丼物などのメニューも豊富です。コレは有り難い

播磨下里へはどうしても早朝の出発になるので、こう言う所があると
ホントに助かりますクラ駅長です。…そもそも「駅そば」好きだし。

さて愛国駅ですが、続いて駅舎内を見て行きましょう。

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正式には「愛国駅交通記念館」と言うらしいです。

現役時の愛国駅は、無人駅ではあったものの隣の大正駅から助役さん
常時派遣されており、実質的には有人駅だったそうな。
アレだけ切符が売れるんだから、ソノぐらいの人件費は掛けないとね。

壁に矢鱈と貼られている「切符もどき」や名刺などは、本来は幸福駅での
習慣でした。コレの詳細については現地の記事の時に紹介します。

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お約束の鉄道用品などが多数と、無駄にイケメンな駅員さんが着る
国鉄制服
も残ってますね。

余談ですが広尾線は、帯広から襟裳岬に近い太平洋側の広尾町まで
84kmを走ってた路線です。…ココだけが有名なものの、他にも駅の
遺構が残ってる所
が幾つもあるらしく、今後の課題として興味がある
路線でもあるんですよ。

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国鉄時代運賃表や時刻表(こっちは復刻版?)。
幸福
までの大人の片道運賃は110円か。…例えば缶入りの清涼飲料水
とか、100円程度の金銭感覚というのは昭和末期そんなに変わらない
気がするんですが、この安価な切符が(だからこそ?)バカ売れした
という事だわな。

時刻表を見るに、列車は朝昼夜各2往復?乗り鉄ならイザ知らず、
単なる観光客だとカナリ面倒に思いつつ来たに違いナイです。

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…と思ったら、駅前はバイクだらけ!
ホントに赤字解消の助けになってたのか?
些か疑問が残りますね。

恐らく今だったら、旅行会社がバスツアー
組んで、愛国→幸福片道だけ列車に乗る
「いいとこ取り」な行路を組むかも知れません。

出雲坂根とかでやってるアレですよ。

ともあれ愛国駅押さえました幸福駅へは
ココから10km程度。途中にある大正駅も何か
跡地が残ってるかも知れず
ソレに寄り道しつつ移動する事にしましょう。
→次回に続く



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No.3927 鉄道保存施設を探る

愛国から幸福へ ②

2017/11/25(Sat)

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一昨日の事ですが、大海駅長との
話題に出た天理軽便鉄道跡地
探りに行ってきましたクラ駅長です。

廃線区間JR大和路線法隆寺駅
から、近鉄橿原線平端駅までの
約4kmの区間でして、ソコから先の
天理までは近鉄天理線として現存
しております。

法隆寺の駅前にはレンタサイクルもあるのですが、当然に戻ってくる
必要があるので「自転車で8km徒歩で4kmはどっちがラクか?」と考え、
結局は歩いて片道で探る事になりました。詳細はまた後日やります。

さて愛国駅ですが、まずはココに保存されてる機関車から見て行きます。

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大正時代の名機である9600型ですね。私も流石にリアルタイム
知ってる歳ではナイのですが、かなり末期まで残ってたイメージです。
「でかぐろ」なんて愛称があったんですか。コレは初めて聞きました。

…と言うか新内駅跡地見たのもコレなんですが、デフ(除煙板)何で
こんなに短い
のでしょう?どうやら「北海道特有の形」らしいのですが、
だから何で?ご存知の方があれば教えてください。

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キャブは金網で閉じてありますが、隙間から中を見る事が出来ます。
…ナンバーが「19671」と。もう覚えました?コレは172号機に当たります。

雨ざらしではありますが、キャブ内真鍮の部分などは錆びも少なく
キレイに保存されている印象でした。

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駅名標新しく造られた感じですね。そして駅前には、カナリ巨大
石造の切符が飾られております。

…実の所、私も硬券の切符「○○から××ゆき」という表記のモノ
知らない世代なのです。後に三岐鉄道などで、例外的にそういうモノ
も残ってると知りましたが、 硬券があったにしても「○○円区間」だった
ような気がするんですよ。
 
ココの場合はブームになってワザワザ作った」のかも知れません。

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で最近の最大の関心事「廃線跡は残ってるのか?
見ての通り、駅の周辺から少し離れるとイキナリ家が建ってしまってる
ので期待は出来なさそうですね。

来る途中にも気を付けて見てましたが、北海道のコノ辺なんてのは、
線路はほぼ一直線だった筈なのに、道床の盛り土殆どなく畑に戻って
しまった感じでした。

そして駅前に、車掌車の車体だけが残っておりました。コレは元々は
売店だった
らしいのですが、見るからに潰れてます

問題の記念切符は、相方である幸福駅に行かないと無さそうですね。
ともあれ続いては駅舎の中を見学する事にします。

→次回に続く



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No.3926 鉄道保存施設を探る