新・駅長日誌

このブログは画像容量が限界に
達したため、更新を停止致しました。

四日市あすなろう鉄道 ①

2018/03/27(Tue)

…本日は千葉県千葉市よりお送りしておりますクラ駅長です。

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昨日は「船橋ヨシヨシ会」という事で、朝からピカチュウ親方いすみ市
「いすみポッポの丘」を見学に行き、夕方から石崎相談役を交えての
宴会となりました。

お二方には楽しいひと時を作って頂き、ありがとうございました。久し振り
遠出した甲斐がありましたよ。
 
さて新たな報告です。毎度の「近場ネタ」なんですが今回は三重県
四日市あすなろう鉄道に行ってきました。

元々は地元の軽便鉄道からスタートし、ソノ後は近鉄の1路線となった
ものの、2015年から再び経営分離して現在の名前になったという、地味
複雑な歴史のある路線です。

奈良県在住の私は、まず「近鉄から乗り潰そう」と発想したので、ココは
高校生の頃に完乗しておりました。
あれから30年、流石に色々と変わってるだろうし、改めて見に行くのも
面白いかなという事です。
 
要するに今後「暫く乗ってナイなあ」という路線をネタとして採り上げる
かも知れないと言う、些かラク出来る発想が出てしまいましたよ。

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そんな感じで四日市駅からスタートします。会社が移管して駅名が
「あすなろう四日市」と変わったようです。

近鉄の高架下にあるのは以前と同じでした。そして近鉄から乗り換える
には、一旦改札を出ないと行けません。コレも昔と同じかな。

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同社の路線はココから内部(うつべ)までの内部線と、途中の日永
分岐して西日野までの八王子線の2本。

それぞれが30分毎の運転だから日永までは15分間隔という、ローカル
私鉄
にしては頑張ってる状況ですね。

勿論単線ですが、四日市駅では行き先ごとに乗り場を分けてあります
島式ホームが1本なのに、番号は9番線と10番線

…コレは近鉄時代からの名残りなんですが、そもそも近鉄の四日市駅
6番線までしかナイんですよ。7と8はドコへ行ったのか?

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そんな事よりココが有名なのは、今では殆ど見られなくなった軽便規格
762mmゲージが残る路線であるという事でしょうね。
社名の「あすなろう」には「ナロー…narrow」も掛かってるんでしょう。

ホームも低いので、落ちても手を使わず飛び乗れそうな感じです。

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コレだけ頻繁に走ってれば、特に計画を立てずとも乗れますから、適当
に来た電車に乗ろうという事で、まず来た内部行きに乗る事にしました。

ラッピングで描かれている謎の小坊主さんは、四日市市こにゅうどう
くん
というキャラクターだそうな。

260系というコノ電車は、1982年に同線の近代化のために近鉄が用意
した車両でして、ソレまでは昭和初期の旧型電車が走っておりました。

…しかし昭和50年代の製造だというのに吊掛式!古い車両は不随車
として使い回してますから、構造を合わせる必要があったんでしょう。

という事で、小さな電車の小さな旅がスタートしますよ。



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No.4048 乗り鉄日誌>地方私鉄

貧乏料理2018春 ②

2018/03/26(Mon)

久し振りの遠出という事で、今日は東京都新宿区よりお送りしております
クラ駅長です。…さっき夜行バスで着いたばかりなのですが。

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昨日は父方の親族一同が集まっての食事会がありました。
(コレが無かったら、奈良を朝に出て車で東京まで来てた所なんですが。)

父の姉兄夫婦「もぅ出歩くのがツラい」というレベルに年老いてて、
去年の暮れ父が亡くなった時も、葬儀に来れなかったんですよ。

「今のうちに顔を合わせておいた方がイイ」という事で、私のイトコ層
中で最も行動力のあるMさん(50代女性)の仕切りで場を設けたんです。

尚且つ親世代が生きてるうちに、系図などを作って記録しようという意図
もあり、ソノ作業で結構疲れました

「いかづちの会」というのは、父の実家(本家)明日香村雷(いかづち)
の丘の横にある事からの思い付きだと思われますが。

さてココで一度、溜ってきた貧乏料理のネタを挟む事にしましょう。
…上に載せた豪華料理とはカナリ違うのが面白い所かと思います。

供物の消費割と進んだので、ソレ目的というより今回は「低カロリーな
酒のアテ」という意味合いが強いのですが。

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相変わらず残ってるのが海苔ですね。日々、おにぎりを作って仕事に
持って行くにしても3枚×2個6枚が限度。時々、左のように厚焼き玉子
に巻き込んで食べる事にしております。

そして粉末だしを消費するのに手っ取り早いのが、この季節だとおでん
厚揚げこんにゃくなどがメインになります。
ソーセージ具材というより、ココからも味が出る事を期待しての選択。

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こんにゃくと言えば、球状のやつ唐辛子と一緒に照り焼きにしたり、
パスタソースを絡めた糸こんにゃくの炒め物も作りました。…ダイエット
食品としてよくあるこんにゃくパスタでなく素の糸こんにゃくです。

しかしこんにゃくって、ホントに痩せるのか?

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その他、腹に溜まるけど低カロリーな食材とすれば豆腐キノコかな。

豆腐粉末うどんだしが残ってるので、湯豆腐にします。
キノコは舞茸とエリンギを、コレまたパスタ用のペペロンチーノソース
炒めてみました

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そして播磨下里の鹿せんべいネタの消費は、コレまたホットケーキです。
前回のようにナッツとチョコソースを挟もうと思ったけど、途中で面倒
なって生地にブチ混んでしまいました。…コレはコレでアリな気がします。

そして性懲りもなく鹿せんべいが入っいます。…普通に近所の鹿にやれば
イイのかも知れませんが、ココまで来たら意地ですかね。
…色が色なだけに、三笠焼きみたいな出来上がりになりました。

という事で、今日はこれから千葉県の方へ向かいます。参加者の皆様、
今日1日よろしくね



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No.4047 男の貧乏料理

紀州鉄道の廃線跡を探る ②

2018/03/25(Sun)

…またしても前説のネタが切れましたので、Wikipediaから鉄道絡みの
「今日は何の日?」
をパクってみましたクラ駅長です。

1985年 - 国鉄のプリペイドカード・オレンジカードが発売開始。
1988年 - JR西日本能登線(七尾~穴水~輪島・蛸島)がのと鉄道に転換。
1991年 - 桃花台新交通桃花台線(ピーチライナー)が開業。

オレンジカードは最初「ジュースが買えるのか?」みたいな笑い話が
あったのを記憶しています。

のと鉄道の末端区間ピーチライナーは、気が付いたら廃止されてた
という寂しさも感じたりしますが、前者の方は遺構が沢山残ってるらしい
ので、今後のネタになりそうな気がしております。

さて紀州鉄道です。現在の終着駅である西御坊から僅か700mですが、
廃線跡の旅をしておりますが…
 
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レールの他に腕木信号機踏切の警報機など残ってて、廃線跡として
小道具は揃ってる感じでした。

…先述の通り、土地の所有者紀州鉄道のまま(本業は不動産屋)だ
として、本社が東京だから目が届かないという状況か、地元の皆さん
散歩道と化してるイメージでした。

平日の昼間から、謎のおじさんが座ってたりしますし(左)。

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廃線から20年近くが経ち、遺物などもイイ具合にヤツレてきました。
…一応「使用中止」とは書いてありますが、現役のモノ間違う人も
居ないでしょう。
こういうプレートは、裏返すと「踏切注意」とか何とか、通常使用時の
文字が入ってるもんなんですが、錆びてて動きませんでしたよ。

そして腕木信号機近くにあったという事は、間もなく駅だという事で、
すぐに元の終点だった日高川駅の跡地が出てきます。

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分岐器部分を含む何本かのレールと、駅ホームの跡が残ってました。
私が来た現役時代は、まだ木造の駅舎があって列車の折り返し時間
運転士さんと車掌さん駅に入って出札業務もしてましたね。

元々ココには製紙工場があり、国鉄と連絡しての貨物輸送で紙の原料
となる木材チップを運ぶという需要があったんですよ。

紀州鉄道でもL型小型ディーゼル機関車を所有しており、トラ程度
のサイズの無蓋車金網で嵩上げしたやつ…分かる?)を牽引しての
貨物列車が走ってたそうな。

1984年合理化で、国鉄の貨物列車はコンテナ輸送などの一括方式
のみになってしまい、上記のような小さな貨車を混結しての貨物列車
廃止されます。

貨物輸送収入の大部分を頼ってた筈なのに、その煽りを食らって
一気に経営が悪化した中小私鉄は、ココだけではナイ筈ですわ。

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行き止まりから土手を越えた所が、この地区随一の大河である
日高川です。…案珍清姫伝説道成寺なんかも近いのかな?

国道大きなトラス橋と並行して、小さな古い橋脚が残ってました。
コレが紀州鉄道の延長線上にあるので、廃線跡の続きに見えない事も
ナイのですが流石にそんな史実はなく国道橋梁跡だと思われます。

新しく開店したキハ603号のお店と、再確認出来た廃線跡と、小規模
ながら充実した紀州鉄道の旅でした。



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No.4046 鉄道廃線跡を探る