新・駅長日誌

このブログは画像容量が限界に
達したため、更新を停止致しました。

のと鉄道 廃線区間を探る ③

2018/09/29(Sat)

北陸シリーズの第2弾で、比島と東美浜の間で泊まったのが鯖江駅前
のホテルでした。

20180929a.JPG 20180929b.JPG

…部屋がトレインビューと言うかステーションビューだったんですが、
夜行列車も全て廃止され、早朝深夜に見てても楽しみは少ないですね。

そして第3段の時ですが、北陸自動車道の北鯖江パーキングエリアで、
ご当地
のゆるキャラ「さばにゃん」のキーホルダーを発見&購入して
しまいましたクラ駅長です。

…やはりどぅ見ても彦根のひこにゃんがメガネをかけてるだけにしか
見えないのですが、確かにオリジナルのモノらしいですよ。

さてのと鉄道の廃線跡ですが、発見した甲(かぶと)駅を探ってみます。

20180929c.JPG 20180929d.JPG

草に埋もれかけてますが、島式ホームで交換可能な駅だった事が伺え
ますね。…資料によると急行停車駅でもあったそうな。

屋根のある場所とは別に小さな待合室がありますので見てみましょう。

20180929e.JPG 20180929f.JPG

現役当時の時刻表が残ってました。…平成16年は2004年だから廃止
の前年
。恐らく最後の改正よるモノでしょう。

のと鉄道は第三セクター移管後、列車の本数を増やして利用客も増え、
一時期は羽振りが良かったらしいのですが、やはり過疎化や道路網の
整備
には勝てなかったようですね。

20180929g.JPG 20180929h.JPG

…何で同じ上屋の画像(角度を変えただけ)を2枚とも採用したのか
忘れましたが、ホームの荒れっぷりに哀愁を感じますね。
草の伸び具合いとかお天気によっても雰囲気は違うと思われますが。

ネタが尽きたので「急行停車駅」に因んで1つ。国鉄時代の時刻表を
見てみたら、七尾線~能登線には特急の設定がなく優等列車は急行
「能登路」
が何往復か設定されてました。

…七尾から先が普通列車になり、ソレが更に穴水から快速になるとか
アクロバッティで笑える運用もありましたよ。

20180929i.JPG 20180929j.JPG

そんな感じで次に向かいます。…国道から外れると、海沿いの小さな
漁村を幾つか通過する狭い街道を通る感じになります。

…冷たい雨の降るお天気から「ゼロの焦点」とかそんな世界を連想させ
られますね。アレは能登金剛とか半島の西側がメインですが。

見通しの悪い狭い道では、カーブミラー越しの視認性をよくするため、
昼間でも点灯ハイビームでの走行を心がけておりますよ。

※→次回に続く



※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.4234 鉄道廃線跡を探る

のと鉄道 廃線区間を探る ②

2018/09/28(Fri)

20180928a.JPG
日中の列車の半数が通過する、例の
えちぜん鉄道の比島駅で駅ノートを
描いてた時のことです。

待合室内に、運行状況に案内する
モニター画面があるのですが、列車
が接近すると音楽ともに、左のような
「勝山線は運転を休止しております」
という旨の案内が流れるワケなんです。

当然「?」となるんですが、画面の内容に反して列車が来て通過する。

だからコレは「通過列車だ」という情報が処理出来てナイのか?
と思ったんですが、停車する列車についても同じ案内が出てきました。
…要するに「列車が接近してます」という告知にしかなってナイ。

明らかにおかしいワケですが、流石に「乗降客数ゼロ」の駅なので、
誰も気が付ないまま放置されてるんだと納得しましたクラ駅長です。

さてのと鉄道の廃線跡を探る旅です。生憎の雨の中を穴水からスタート
し、奥能登方面へと向ってるワケですが…

20180928b.JPG 20180928c.JPG

まず見つけたのが中居という駅の跡地。
田んぼの畦道(農道)に沿って線路があったようで、草に覆われた道床
の向こうに棒線ホームの駅跡が見られました。

廃線が2005年だから13年前ですね。折角だからホームに登ってみよう
かと思ったら、雨だからなのか元から湿地帯なのか、最初の1歩で
靴の中に泥水が浸入してしまい断念(以後帰るまで乾かなかった)。

20180928d.JPG 20180928e.JPG

ともあれ再び、右手に七尾北湾を見ながら少し走ります。
途中の休憩スペースにも、再現されたボラ待ちやぐらがありました。
同じモノは能登鹿島駅近くのアレが有名ですが、ココにもあったのね。

現在はもぅ実際には使われてませんが、観光用にカカシみたいな人形
を置いて再現してあるモノが幾つかあるんですわ。

要するにボラという魚を獲るために、網を仕掛けてコノようなやぐらの上
で待つ
という、当地の伝統的な漁法に使うものです。…単なる展望台で
「おっちょこちょいが満潮で取り残される」筋合いのモノではありません。

…先にコレを見てたら、能登鹿島の絵ももぅ少し正確に描けたのにな。

20180928f.JPG 20180928g.JPG

ルートは再び山手の方へ入ります。左手に見える法面の上なんかも、
廃線跡に見えない事もナイですがココは未確認。

そして次に着いたのが甲(かぶと)という駅でした。…ブロック積み
の駅舎がそのまま残ってます。似たようなデザインの駅は能登線の
各地にあったようで、以後も幾つか見かける事になるんですが。

20180928h.JPG 20180928i.JPG

駅名を記した切り文字の看板もそのままで、駅舎の扉は施錠されて
おり、窓から覗いたら何かの倉庫として今でも使われてる感じでした。

雑草が深く生えてますが、ココはホームの跡地に行けそうなので少し
歩いてみる事にしましょう。

※→次回に続く



※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.4233 鉄道廃線跡を探る

のと鉄道 廃線区間を探る ①

2018/09/27(Thu)

20180927a.JPG
えちぜん鉄道の勝山駅で展示物を
見てたら、古い案内書きに付属して
コノような広告がありました。

…美貌と若さを作るパンとケーキ?

いつの時代のモノか分かりませんが、
今だとコノような科学的な根拠のナイ
広告は何らかの規制に引っ掛かる筈。
てか食いすぎると太るのも事実。

…殆ど誇大広告だと分かり切ってても、誰も細かい事を言わずソレを
楽しんでた?いい時代だったのかも知れない気がするクラ駅長です。

あと、バンビの尻尾がどぉ見てもエビフライなのは何故だ?

さて能登半島へ戻ってきました。穴水町の公共施設で一泊。最終日は
いよいよのと鉄道の廃線区間を探りに行きます。

20180927j.JPG
のと鉄道
は元の国鉄七尾線と能登線
を第三セクター化して1988年に開業
しましたが、2001年に穴水~輪島、
2005年に穴水~蛸島が廃止された
という経緯の会社です。

…特に能登半島の南東側を走ってた
能登線は全長が61kmもあり、廃止は
思い切った決断だったと思われます。

現在でも駅の跡地など、カナリ多くの遺構が残っており、途中駅だった
波並と恋路には廃駅ノートが存在するという事で、今日は七尾側から
順に見て行きつつ、当該駅ではノートを描く予定となっております。

20180927b.JPG20180927c.JPG

…という事で、生憎の雨になりましたが穴水駅からスタート。
廃駅は地図(殊にカーナビ)には出てきにくいので、各駅の位置は
緯度と経度をWikipediaで調べてメモしてきました。

以前に北陸本線(柳ケ瀬線)でもやった事があり、ソノ適当さに呆れた
ワケですが、まぁ目安程度にはなるでしょう。…コレしか方法ナイし。

20180927d.JPG 20180927e.JPG

穴水駅の構内には、イベント用車両だった同社のパノラマカーが保存
されておりますが、コレは社員旅行でも見ましたね。

この先、不自然に奥まで続く引込線の向こうに、輪島方面と蛸島方面
への線路が存在した事になりますか。

能登線はカナリ距離が長いのと、山間部をトンネルで抜けてる区間
も多い。尚且つ今回は駅ノートが主目的&雨天になったので、廃線
区間を全て網羅する事は諦めて、ピンポイントで見て行く事にします。

20180927f.JPG 20180927g.JPG

まず市街地を外れた所に、能登線の高架橋の橋台跡が残っています。
…完成が平成10年とあるから、そんなに古いモノでもなく、移管後に
渋滞緩和とかそんな目的で造られたのかも知れません。勿体無いな。

20180927h.JPG 20180927i.JPG

ルートは概ね国道249号線に沿った感じで、人家の少ない所は山手を
トンネルで抜け、時々海沿いの集落を拾っていく感じになるようです。

…と、いきなりカーナビが脇道に入る指示を出しましたが、この道の
右側も草に埋もれてますが廃線跡のようです。

※→次回に続く



※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.4232 鉄道廃線跡を探る