新・駅長日誌

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達したため、更新を停止致しました。

天理軽便鉄道を探る ⑦

2017/12/30(Sat)

まだ忌引き休暇の途中なので、昨日は父の供養のため、兵庫県にある
個人的によく知ってるお寺へお参りに行ってきましたクラ駅長です。

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…まぁ例のあそこなのですが、大海駅長が「駅の大掃除忘年会をする
から」という事で誘って下さったのです。ウソは吐いてませんよね。
ちゃんとお供え余って持たされた果物など)を持参したし。

ここ数日、単純にやるべき事が沢山あって忙しかった」ので、自分の
打ち上げの積りでもありました。

さて天理軽便鉄道の跡地を探る旅です。安堵町の中心部を離れ、西名阪
自動車道に沿って歩いてきました。
行政区画はコノ辺りから、大和郡山市に入っております。

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最近になって「大和まほろば」という名称のスマートICが出来ましたが、
私にとっては仕事でも私用でも中途半端な位置にあるので、使った事は
ナイですね。

そして自動車道の北側には、陸運局やらトラック協会やら…自動車関係
施設が集まっております。

…私は流石にユーザー車検までは出来ないのですが、タクシーの乗務員
登録センター(正式名称失念)もココの一角にあるんですよ。
だから運転免許を更新したら、新しい免許証を持ってココで乗務員登録も
更新
する必要があります。

タクシーの乗務員を都道府県単位で一括に管理するのは、元は東京や
大阪だけの制度
だったのが、2年ほど前に全国そうなったので、ソコから
ダッシュボードに掲示する乗務員証全国共通のタイプに変わりました。
旅好きな方はタクシーに乗ったら確認してみて下さい。昔と違って、全て
のタクシーが同じ書式
のになってる筈です。

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そのまま暫く行き、高架下をくぐって自動車道の南側へ出ます。
…コノ辺りは昭和工業団地というソレ北の端っこぐらいですかね?
主に食品メーカーなどの大きな工場が並んでる一角を通る感じでした。

天理軽便鉄道西名阪自動車道を比べると、時代的に24年の隔たり
があるのですが、元々鉄道があったという事は、田んぼなどの区割
ソレに準じた形になってて、そのまま用地買収をしたとしたら、線形が
似るのも当然なのかも知れませんね。

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その先は普通の住宅地に入り、道が狭くなりますが廃線跡確実に
残っております。コノ辺りも元は田んぼ道だった所が、近年になって
宅地化が進んだ状況だと推測。

…一軒のお家の庭にきかんしゃトーマスを模したようなプランター
置いてありましたが、ココが廃線跡だとご存知なのでしょうか?

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更にへ歩いて、あともう少しでゴール地点近鉄平端駅。…という
直前にある交差点が、天理軽便鉄道額田部(ぬかたべ)駅跡地
なるそうです。

距離にすると数百メートルなのですが、平端駅近鉄(現在)開通
した時に出来たので、元々は無かった駅。…でもココから先が天理線
として買収された後も、額田部駅廃止されず残ってたようですね。

…まぁ軽便だとソノぐらいの駅間は普通かも知れません。そんな感じで
間もなく、ゴールの近鉄平端駅です。

→次回に続く



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No.3961 鉄道廃線跡を探る

天理軽便鉄道を探る ⑥

2017/12/29(Fri)

…私も自分の家族葬儀というのは、祖母が亡くなって以来30年ぶり
の事だったのですが、昔は自宅でやってた色々な事(田舎は特に)も、
現在は葬儀会館を借りて行うのが主流になってますでしょ?

色々と便利な方向に変わってて、少なからず驚きましたクラ駅長です。

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通夜から告別式にかけての間は、亡骸の番を兼ねて親族が近くに
付き添うのが一般的でしょうが、式場親族控室上手く隣接する構造
になってまして上のように壁が開く仕掛けなんですね。

係の人が棺桶を移動してくれるので、控室側からも対面が出来ると言うか
コレ最初に考えたのは誰なんでしょう。上手いアイディアだと思いました。

ちなみに、私と従兄さん2名(父の兄の息子)の3人で泊まりました。
イトコ層の中で私が一番の年下なので、彼らは私よりも父との付き合いが
長く
色々な思い出話を聞かせて貰えましたよ。

さて天理軽便鉄道ですが、引き続いて安堵町歴史民俗資料館で、ソレに
関する
展示品を見学しております。

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現役時に安堵町存在したという、安堵駅の復元模型がありました。
前回に出した画像の通りホントに小さな駅と言うか、ほぼ停留所だな。

資料写真全てモノクロなので、車両の色全く分からなかった
ですが、コレで見る限りモスグリーンな感じです。

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左右のレール配線が為されてから「走るのか?」と思って調べた所、
この模型を作成した団体の方による運転会が定期的に開かれるそうな。

…しかし距離がコノ程度ですから、ほんの数秒で往復する感じでしょう?

と、先程見て来た木戸池の築堤を走る機関車列車の模型もあります。
こちらは動かないようですが。…さぞ、のどかな風景だっただろうと…。

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そんな感じで歴史民俗資料館を後にして、更にへ歩きます。…道路脇
の空き地に、何やら人が並んで座ってる所があって、近くで見たらカカシ
の集団の背後に「大和安堵」という駅名票のようなモノがありました。

若桜鉄道同じ発想ですね。しかし正確な安堵駅の跡地とは場所が
違う
ようです。「大和安堵」だから「武蔵浦和」みたいな別の駅なのか?

両隣が額田部新法隆寺だから、コレでいいのか。所で池崎って誰?

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…若干の謎が増えた気がしますが、そのまま歩くと、に行きあたって
道が無くなりました。地図だと線路跡このまま直進する筈なんですが。

仕方がナイので今ある道迂回して、西名阪自動車道の側道に出ます。
…最近流行りの無人スマートIC大和まほろばインターチェンジがある
辺りまでが廃線跡のようですね。

西名阪自動車道の開通は昭和44年天理軽便鉄道の営業時期とは勿論
被りません

今までとは違った感じの風景になりましたが、更に東へと歩きます。

→次回に続く



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No.3960 鉄道廃線跡を探る

天理軽便鉄道を探る ⑤

2017/12/28(Thu)

お蔭様を持ちまして亡父の通夜~告別式~初七日無事に終了
致しましたクラ駅長です。

20171228i.JPG私は故人の長男なので、喪主という事になる
のですが、父親が亡くなったとい事実よりも
葬儀全般無事に進行させる責任」という
事への思いの方が強く、一向に悲しくナイ
と言うか、ほぼスタッフ目線で参加しており
ました(ちなみに木村鉄道のステージイベント
は、殆ど警備員目線で見てる)。

地域の皆さん親戚の方々(殊にイトコさん達
のお蔭で、大きなミスやトラブルもなく責任を
果たす事が出来ました
よ。

…はい、繰り返しになりますが、親が亡くなる
事に関しては安堵感の方が強いのです。

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そしてヨシヨシ会の皆さんから、丁重
にも弔電を頂きました事を、コノ場を
お借りしてご紹介させて頂きます。

…流石にそんな団体名付いてません
けどね。ぇ、当たり前ですか?

ホントにありがとうございました。
コレにて「お出かけ解禁」になります
ので、また誘って頂ければ幸いです。

さて天理軽便鉄道ですが、廃線跡から少し離れて、安堵町歴史民俗
資料館に入っております。ココで暫くソレ関係の展示を見て行きましょう。

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古い時代の事ですしソレ専門の博物館でもナイので、実物車両などの
大きな展示物ありません。…写真や模型がメインですね。
まぁ展示スペースとて元は農家の土蔵ですから、この程度が限界か?

Wikipediaによると、開業当初タンク機関車が3両客車と貨車が
10両ずつ在籍してたそうな。

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左が始発新法隆寺駅。右が先程通って来た役場近くにあったという
安堵駅の写真だそうで…それぞれ「昭和16年頃」と注釈がありますね。

軽便だからホントに簡素と言うか、現代の歩道縁石より少し高い程度
のホームなのですが…コレでも近鉄の駅!という違和感満載ですね。

現在、奈良市の中心部から法隆寺へは、当然にJR一本で行けるワケ
ですが、近鉄だと筒井駅でバスに乗り換えるのが妥当。車内放送でも
ソノように案内されるのですが、ココに鉄道が1本あれば、アクセス案内
カナリ変わってたと思います。…まぁ高規格化はするだろうけど。

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軽便のお約束である「線路幅の比較」と、コレが一番大きいと思われる
勾配票が残っておりました。…軽便で10‰ってと、結構キツいかもね。

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最初は蒸気動力で始まった天理軽便鉄道も、昭和に入ると内燃化された
ようで、このようなガソリンカーが登場します。
片ボギー式で、ボンネット側の小さな台車動力台車なのでしょう。
折り返し運転には転車台があった方が便利だろうな。

似たようなやつ九十九里鉄道(千葉)とか西大寺鉄道(岡山)でも
見たかな。何れも資料だけですが。

コレに関しては細密な模型が展示されてますので、続けて見てみましょう

→次回に続く



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No.3959 鉄道廃線跡を探る