新・駅長日誌

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達したため、更新を停止致しました。

駅ノート 湯川

2018/10/23(Tue)

という事で、紀伊勝浦から1駅戻って湯川に着きましたクラ駅長です。

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両隣の紀伊勝浦太地特急停車駅であり、ソレに挟まれた小さな
ですが、聞いてた通りホームから海がよく見えるいい景色の駅でした。

関西ではウチから行くのに最も手間のかかる駅ノート設置駅でしょう。

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上下交換が可能な島式ホームの駅で、駅舎方向へは地下道を降りる事
になります。…地元の方手造りっぽいアートが施されてますね。

海が近いから塩害のせいもあるのか、朽ち果てる寸前銘板によると
完成時期は昭和43年。…天王寺鉄道管理局ってのが懐かしいわ

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駅舎同時期のモノでしょう。何となくの印象ですが昭和40年代の建物
ってのは、当時の感覚での「新しさ」を重視した結果、各地にこんな感じ
似たようなコンクリート製のが量産されたイメージです。

…待合スペースには、開業当時の同駅の写真が展示されておりました。
元は単線のホームで、もっと海岸線が近かったんですね。

そして今ではあまり聞かないのですが、湯川温泉という温泉場があり、
湯治客で賑わった様子なども記録されています。

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紀勢本線
ってのも、ソノ歴史は区間を
区切った部分開業の繰り返しであり、
紀伊半島を一周するルートとして全通
したのは昭和34年の事。
他の幹線に比べるとカナリ遅い?

最初は飛び地的な存在だった「紀勢
中線」のココなんて、車両も軽便鉄道
級に小さなモノ
だったであろう事が
想像されますわ。

20181023h.JPG…いつまでも過去に想いを馳せてる
ワケにも行かず駅ノートなのですが、
見当たりませんよ!

元は出札窓口だっただろうカウンター
に、ペンと袋だけが残されてました。
コレは管理撤去の可能性があります。

んー、コノ距離での空振りは流石に
キツいです。また別の紙に描くしか
ありませんわね。

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太地を中心としてコノ地域は、日本有数の捕鯨基地だと聞いた事が
ありますので、クジライルカボケて城みちる氏「イルカに乗った
少年」
をネタにしてみました。

…しかし太地駅ホームの壁画などを見てると、イルカソコソコ出てくる
水棲の哺乳類としては双方似たようなもんだから、近くの海には実際に
イルカ
も居るんでしょう。「大幅にズレたボケ」でもナイようです。

と、ココで太地を挟んだ2つ先の駅「下里」という駅名である事に気が
つきました。…記事には完成品を上げてますが、実際はペン入れまでは
湯川でやって次の列車に乗り、続きは下里で描く事にしたんです。

→次回に続く



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No.4258 駅ノートの記録