「贈答品」について考える
2009/03/28(Sat)
子供の頃、割と長期間放送されてた「高級ふりかけ」のCMについて…
① 江戸落語の師匠が、座敷で食事をしてる。
② 「○○が在りませんよ、持っといで。
…ない?なかったら買っときゃいいじゃないか。」
③ 奥さんらしき女性の声「届きますよ。」
④ 玄関のチャイムの音「ピンポーン」
⑤ 師匠が嬉しそうに「来たぁー!」
⑥ 商品の画像にナレーション「贈り物に、高級ふりかけ○○」
…っと、こんなんです。
子供の私は最初、「届きますよ」「来たぁー」ってから、
「この商品は通販でも注文出来て便利。」
という事を言いたいんだと思ってました。そしたら「贈り物に」だと?
(途中で気づいた)
いや、「いい商品は贈答品にも向いてる」という理屈は分かるが、
じゃあこの師匠(と奥さん)は、高級ふりかけを
「誰かから贈って貰うもの」という前提で生活してるのか?
そりゃ、その世界の重鎮的な人なら、盆暮れの贈答品も結構な量に
なるだろうし、嗜好が広く知られてたら、高級ふりかけを選んで
贈ってくる人もいるでしょう。でも一般人はそうは行かんだろう。
もしそのCMを見て、高級ふりかけが食いたくなっても、当然ながら
「誰かから贈ってもらうような状況に持っていく」より、
自分で買った方が早いのは当たり前である。
で、それってどんな味?
No.762 ○○について考える